おもいで話が増えました。
朝、パンについて書いたからか、パンにまつわる様々な記憶を思い出した。
パン焼き機があったから、土日ははりきっていろいろなものをつっこんで(余った白ごはんとか、練乳とか・・・)食パンを焼いたこと、朝起きると家中に焼きたての香りがして、とにかく、何はともあれ、その匂いの幸福さにしびれていたこと。
パン焼き機にセットしなかった日は、なんとなくケークサレが食べたくなって、パウンド型のシリコンにツナ缶や玉ねぎ、ホットケーキミックスを混ぜて焼いてみたこと、
お正月の黒豆の残りは、パン生地を成型して、その中にいれてオーブンで焼くと美味しいこと…
焼きたてのパンは正義である。
だいたい、最近思い出が頭の中にほわんと浮かぶことが多い。
冬の雪が降った日、弟とそりを持ってお墓参りについていって、お墓のすぐそばにある裏山でそりをひたすらしたこと、
計算機を各自持って、遊戯王のカードゲームをして、弟はわたしが勝たないと二度と遊んでもらえないことを知っているから、わざと攻撃しないでいてくれたこと、
クリスマスの真夜中に確かにシャンシャンという鈴の音を聞いたこと、
キャンプに行って、その場でできた友達と、川の上のほうの水と、下の方の水を近くに落ちてた竹筒をコップ代わりにして飲み比べたこと、
お母さんと二人で表参道の空一面黄色いの染める大きなイチョウ並木を見に行ったこと、
佐渡島の夕日が空に何色もの色をにじませながら、空と溶けていて、空気まで濃密な色とりどりのわたあめのような優しさがあったこと、その中でお母さんがぽつりと、冥土の土産にする、とつぶやいていたこと。。
全部、色彩と空気と匂いをもって頭の中に広がるから、文字や言葉にしてそれを伝えるのが大変なのだけど、でも共有したくて、たくさん話す。
伝わらないことが多いけれど。
というか、聞いてくれない人が多い。
お母さんは話半分だし、そういう時。
結婚したからかなあ、新しい生活、新しい苗字、新しい家族ができつつあるからなのかなあ。
そういうあったかい家にしたい。
わたしは自分の過去があまりにも幸福すぎている気がしてる。
今度はそれを提供する側にならないといけないし、なりたい。
誰のおかげでこんなにクリスマスが好きなのか、お正月がわくわくするのか。
全部、楽しい思い出を一緒に作ってくれた家族のおかげなのだ。
今年は実家にある180センチのクリスマスツリーを誰が飾り付けするんだろう。
毎年わたしが童謡のクリスマスソングをかけて一人でノリノリでかざりつけていたけれど。
思い出話が増えたね、年とったね、って言われたのは少しカチンとしたけれどでも本当に増えています。