嫌われたかもしれない霧消した女の子へ
手紙を書きたいと思っている。
でも、実は躊躇していた。
すごく大切な子だった。
大好きな子だった。
だけど、たぶん、わたしが急に仕事を辞めて、結婚、妊娠、と怒涛の勢いでライフステージを変化させていったとき。
その子はたぶん、わたしと距離を置く事を選んだんだと思う。
妊娠中に、一度だけ会ったとき。
何度も何度も、会いたい、と伝えて、それでも忙しいと断られていて。
諦められずいつでもいいから、と言葉を残したら、ふいに、この日、会えるよ、と言ってくれた。
とても大事な日だったのに。
すごく楽しみにしていた。その会える日を。
だけど、会って、わたしは、彼女の戸惑いとかそういうのを何も察することができなく、ひたすら子供を産むという事は出産だけでなく妊娠中からもつらいということ、仕事はどう? 好きな人見つかりそう? とか、そんな話ばかりしてしまった、ような記憶がある。うすぼんやりと。
いわゆるマタニティハイだったのかもしれない。
ライフステージが変わって、彼女とわたしとじゃ、生きる場所、優先事項、大事にしているものが、同じものではなくなっていたのに。
それに気が付かず、自分の価値観を押し付ける話をしてしまった。
でも結果、今、メールの返信もなく、ラインも未読のまま。ブロックされてしまったのかもしれない。
何とかして連絡を取りたくて、共通の知り合いの男性に、最近その子が元気かどうか、何か知っているか話したら、そういうところが重いんだよ、そういうのが嫌がられてるんじゃないの? と一蹴された。
むかしから、その男性はもしかしたら私のことはあまり好きではなかったOR気に食わなかったのかもしれない。一度、そういうのがだめなんだってきつく言われて、お酒の場だったけれど、私は泣いてしまったし。
ずっと連絡を取りたいけれど取っていいのかわからなくて、苦しくなっていた。
昔のフォルダをさかのぼるたびに、その子といった、いろいろな所での写真が目に入った。
たとえばそれが、屋久島であったり、たとえばスペインのとあるカフェであったり、フランスのホテルの一室だったりした。
おちゃらけて写る彼女の笑顔や、お酒を飲んで良い気分になっている表情が、むかしは当たり前に傍にあって、今はまったくわからない。
何でも相談したし、彼女の前で泣きそうになってしまったときもある。
それでも彼女はいつもそばにいてくれた。
深夜まで、始発が車でカフェでわたしに付き合ってくれた。
怒ってもくれたし、心配もしてくれたし、寂しいとつぶやき手を握ってと言って、差し出した私の手を、仕方ないなと苦笑しながら握り返してくれたときもあった。
胸の中が重くて苦しくなる。
避けられているのなら、謝りたい、それだけ伝えたい気持ちで仕方なくなった。
でも、メールもラインもだめだ。
じゃあ、手紙?
と思い立ったが、手紙は一方通行の気持ちを伝える手段。
こちらの思いのたけを、平素で簡素な文を心がけて送ったとしても、それは感情の押しつけにしかならない場合がある。
向こうがわたしに抱いている感情を、もっと悪い方向にする、可能性だってある。
手紙にしろ、ラインにしろ、メールにしろ、わたしは自分勝手なんだ。
ただただ、好きな人から嫌われているかもしれないっていう状態に耐えられなくて、許してほしくて、あるいは、謝っている気持ちを知ってほしくて。
嫌われ続けている状態から脱したいだけなんだ。
また、共通の友人に相談をした。今度は女の子に相談。
その子曰く、
今はもうなにもかも違うところで生きているのだから、時期が来るまで待ってもいいんじゃないの、手紙は出しても出さなくても、どちらでも。
あなたが後悔しない方向で。
出して状況が好転するかもしれないし、暗転するのかもしれない。
だけど、暗転しても、今とさほど客観的に見た状況は変わらないんだから、だったら出してみてもいいのでは?
私からしてみれば、あなたも未熟だったし、あなたの急激な変化を、大人な態度で寛容できなかった向こうもどっちも未熟。
そして、いまのあなたたち二人の状態を助けてあげられない私も未熟。
人生は出会いと別れだよ、井伏鱒二風にいうと。
これまでだったら、それまでのご縁だったんだよ、それにすぎない。
と。
至極納得した。
しばらく、その子の言葉を噛みしめて、手紙を書く事に、決めた。
客観的な変化はなくても、彼女の心の中の私に対する思いは、手紙によって悪い方向に進むかもしれない。
だけど、それならそれで、もう仕方ない。
手紙でダメなら、もうあとは、10年くらい、あの時は~って笑えるくらいの月日が経つまで、じっくり待とうじゃないか。
何十年経っても、そんな時が来なくても、いい。そうだったのなら、それはその子の云う通り、それまでのご縁だったのだろう。
今のかすみがかった状態のほうが、つらい。
手紙をだせば、あきらめがつく。
喧嘩別れならいい、お互い言い合って仲たがいしてからの音信不通ならいい。
ふっつりと気づけば霧消していて、呼べどもなけども、何も見えないことが嫌なんだ。
出会いと別れが人生。
それは、わかる。
けど、別れ方は、自分で選べるような気がするんだ。
手紙を書こう。
まずは便せんと封筒から、選びに行こう。
彼女に気持ちを伝えるのにふさわしいものを、見つけ出すところから始めよう。
手紙は、文字だけでなくて、便せん、封筒、シール、文字の形、全てに、書き手の気持ちが込められていると思うから。