泣いた日があった
今年は『ほぼ日手帳』をやってみてる。
本当は大きい方の高いやつ……3000円?くらいするやつ……
を、買おうって意気込んでみたんだけど、いや待てよ、わたしのことだからもしかしたら、三日坊主とまではいかないけれど、一か月坊主くらいにはなるかもしれない。1月までは毎日詳細に書いてあるけれど、3月になったら一日何も書いてない日がでるかもしれない、そうなってしまったら3000円の出費は個人的に痛い……とんでもなく悔しい気持ちになる……と、思って、そっと小さい方のほぼ日手帳を手に取った。
今はまだ、毎日書いてます。
今年のおみくじも大吉だったのではりつけてみたりしました。えへへ。
残念なのは、小さいから美術館行ったときのチケットとかが折り曲げないと張り付けられないこと。
いいんだ、もし、今年きちんと書けたら、来年は大きいの買ってみるんだ。。
で。ですね。
ほぼ日手帳をもう見返してみたりして眺めて満足しているのだけれど、見返してたら、そういえば、音楽を聞いて泣いた日があった、ので。
そのことについて。
クラッシックなんか聞いて感極まって涙した、とか、モーツァルトの美しいメロディーラインに心震えたとか、そういうんじゃないです。予め言っとくと。
わたしが聞いて、ぼにゃりとした気持ちになって、すーと涙が落っこちてった時に聞いてた曲は、わたしが制服を着てた頃にデパートで、スーパーの中で、テレビで流れていた、色々なたくさんの、曲。
曲名もぼんやりとしか思い出せないし、歌手の人もああ、そういうえば、あの時この人すごく流行ってたなあって人で今はいない人も多い。
でも、その時、わたしの生活している世界のいたるところから聞こえてきた曲。
たいしてその曲が好きだったわけではないんだけど、その曲を聞くとサビの部分は空で歌える。
歌えるなあ、と頭の中で鼻歌を歌うと、学校と家と、本屋とbookoffをスカートで太ももを出して往復してた頃の自分がひょっこり現れる。
そのときの、思考とか、感じ方とか、見えていたものをそのまま持った自分が。
そうしたら、なんだか、今、わたしはとんでもなく遠い所にいるな、と思って、びっくりして涙が出た。
誰がこんなこと、思ってただろう。あと数年、大学を卒業したら、一気に旦那さんがいて、赤ちゃんがいて、仕事をしていない、なんて。
ずいぶん、思ってもみないところにわたしは行くよ。
聞こえてる?
制服姿の後ろ姿のわたしに精一杯声をかけてみたけれど、わたしは、見えているものは、これから進む世界の入り口と、今いる小さな世界全部だけで、振り向きもしてくれないから。
なんて遠い所なんだろう、びっくりするよ、と、思って、今いる足元を涙をぱしぱし瞬きしてどかしてから、しっかりと確かめたり、してた。
そんな日がありました。